2012年10月28日日曜日

学生バリスタ『まさ』

Good morning!


就トモCafeバリスタの「まさ」こと、上里正樹です。


趣味はサッカー(やるのも観るのもゲームも)、動画編集、映画、写真、音楽(洋楽多め)、ネットサーフィン、Apple、電子書籍を読むこと、一人旅、です。

簡単に僕を表現するならば、「アウトロー」です。

はい、ただ単に頭がおかしい人ではありませんのでご安心を(笑)

僕がまだ、就職活動も経験していない大学2年生であり、尚且つ所謂一般的な「就活」と呼ばれる行動をまだ起こしてないのにも関わらず、バリスタとして存在しているのに対して、いくつかの謎や疑問をお持ちの方も多いと思われます。

なので、今回はその謎を少し解き明かしてみたいと思います。


 




物心ついた頃から当たり前にあった価値観



僕は、高校時代にまともに登校していなかった時期があります。(いきなりここから入るのも少しアレですが笑)

理由は自分探しとでも言ったら聞こえがいいですが、とにかく学校生活に対して無気力だったんですね(その割りに授業だけサボって部活だけ出てたりしてましたが笑)

物心つく頃には既に社会のレールに乗っており、学校に毎日通う事は当たり前で、受験戦争を勝ち抜き、いい大学を出て就職をするのが当たり前のような価値観に疑問を抱いていたのです。

このままレールに沿って生きていても幸せなのかな、と。







・最近、自分の将来の夢や希望、やりたい事すらわからない若者が多いと聞きます。


‐僕は高校時代、それで悩んでいました。

毎日やる事も決まっており、クラス全員同じ勉強をしなければならない。

周囲との差異(偏差値的なものではなく、人間的な)や、ギャップも無く、新たな刺激も無い。

例えは悪いですが、自分のことが出荷前の家畜のように思えました。


毎日決まった勉強という名の「餌」を貰い、すくすくと育ち、社会へ出荷されるのを待つ。

そこには自立というか、真の意味での主体性は無いなと。

自分の身を削って自分を美味しく食べてもらうことだけが社会への奉仕なのかな、と。

僕はそれ以上の事をやってみたいなと、漠然に思ったわけです。

 





一つ言うのならば、自分のやりたい事がわからない人というのは出荷前の状態なのです。




-では、僕が出荷前の状態からどう抜け出そうとしたのか。

まずは先程お伝えしたように、高校に行かなくなりました。

"ベイブ 都会へ行く"じゃないですけど、一度囲いから脱走してみちゃったわけです。

そこからはずっとアルバイトをしたり、友達と夜に遠出したり、徹夜でネットやオンラインゲームで遊んだりと、自分のやりたい事だけに時間を費やす、廃人のような生活を送っていました。

世間一般的にこの行動を見たら、単純に駄目人間というレッテルを貼られると思います。


ですが、学校に毎日通う生活よりもずっと生きてる気がしましたし、何よりも元の生活に戻った時に、一つ上の視点から物事を見れるようになりました。






・GAPが人生に深みを与える



廃人生活を送っていた中で一番大きかった得たものは、ギャップを感じられたこと

僕は、廃人生活中に様々な人と知り合いました。中でも、オンラインゲームで数多くの外国人の方と知り合いになった事は今でも大きな財産です。

普通に学校に通っていれば、時差の問題もあり、ネット上で外国の方と知り合うのは困難ですが、僕は当然昼夜逆転のハイパーニート状態でしたので、自然にその障壁をクリアしていました。

世界と繋がる土壌がそこに自然に出来ていた、といっても過言では無いでしょう。

言葉のよく分からない外国人と一緒にチームを組んで敵と戦う
この経験は中々できないと思います(笑)

仲良くなれば自然とプライベートな事や政治的なことについても語り合ったりして、今までとは違った視点で物事を見れるようになったり、自分が今帰属している社会がどれだけちっぽけなものかを思い知らされました。






必要とされる人材というのは、仮面であり、自分の内面ではない


-一般的に、出荷される家畜というのは、「良い餌を食べていて、傷がついてないもの」が高値で取引されます。

これは当たり前です。

これを聞くと、自分はだめなんじゃないか、と思う人もたくさんいると思います。

ええ、何故なら高値で取引される家畜は全体の上位十数パーセントしかいないからです。


今更もっと勉強やボランティア活動をしてくればよかった...などと言っても遅いのです。

これは仕方ありません。

ですが、視点を変えてみれば、新たな可能性に気づくはずです。

家畜は家畜でも、例えば外見が良かったり、逆立ちが出来たりなどすれば物珍しがられ、新たな需要と価値を生産する事ができます。

世の中には「これが正解」というものは無いのです。

与えられた餌しか食べていなければ、与えられた餌しか食べられない。

時には与えられた餌を吐き捨て、未知のものを食してみる勇気も大切だと思います。

人は違うものを体験、経験してみて、初めて今までの味がわかります。

それまではただの当たり前でしかないんです。

苦いや、辛いという味覚をしっていなければ甘いという感覚がわからない、満腹という感覚を知らなければ空腹という感覚さえわからないというのと同じです。


なので、新たな需要を生み出せる家畜というのは、周りとは違う経験だったり視野が必要です。

昨今、最近の若者は周りと違うことを恐れている」などと言う人もいますが、僕はそれは違うと思います。

最近の若者や学生を見ていると、異なる価値観や考え方にも寛容的で、自分のスタイルを持つ人も少しずつですが、増えてきているように感じます。

よく、自分探しを理由に海外に行くやつは駄目、なんていう意見も耳にしますが、大抵そういう人はそういう経験を持ってないか、人間としての深みに欠けるのではないか、と思ってしまいます。

僕は高校時代に擬似的ですが、世界と繋がれたことで考え方は大きく広がりましたし、何よりも「生きやすく」なりました。

テストで良い点取った、だったり、いい所に受かったというのは、それはあくまでもツールでしかなくて「ゴール」ではないこと。

そこをゴールにしてしまうと、その後が大変です。






・変化し続ける世界を生きる上で




人生にゴールは無いほうがいい。
仕事にしろ、結婚にしろ、老後にしろ。
そこにあるのは変化と新たなスタート。



結婚を一つ取ってみても、結婚の事をよくゴールインなどと呼ぶ風潮もありますが、ゴールの先に待っているのは安定や休息などではなく、新たな生活や新たな生命の誕生など数え切れないほどの変化であり、一年ごとに物凄く速いスピードで周りや物事は変わっていきます

サッカーでもそうです。ゴールしたからといって試合は終了しません。

限られた時間の中で試合は続くのです。

それは個人だけではなく、社会もです。

思えば、たった4、5年前まで、人々はスマートフォンタブレットPCはおろか、FacebookTwitterYouTubeすら使っていなかったのですから。

宇宙が絶えず変化し続けているように、その副産物に過ぎない地球や、動植物、人間も当然、変化するものです。

これは自然の原理だと思います。

一番分かりやすいのが、「老い」ですね。

ゴールの先に安定なんてものはないんです。変化しかないんです。

就職もまた然り。

そんな新たな変化と可能性のきっかけを与えられる場を作るのに少しでもお手伝いする事ができたらな、と思い、バリスタになりました。

よろしくお願いします。



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